うみたいわ~ラーニング・ジャーニー 2023#3 福島原発事故から12年「原子力専門家の想いを聴く」ゲスト:井上 正 さん
を 2023.6.21(水)夏至の夜に開催しました。
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目次:
・報告
・アンケート
・今後情報
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★★報告
スタッフ含め約30名で、井上さんの想いに耳を澄ませ心を寄せる旅にでました。
科学者・研究者としての、技術や科学への想い、組織や未来への想いに耳と心を傾けました。
インタビューの後、小部屋での対話を経て、井上さんに伝えたいことを伝えつつ、いくつかの質問にも答えていただき、最後に対話を経ての想いや気づきをシェアしました。
放課後タイムでは、リラックスした中で、さらにいくつかの問いを井上さんと応答させていただきました。科学/技術にとっての撤退ラインはどこか、対話の必要性と対話の意味ふくめ、たくさんの大切な問いとレスポンスがありました。
さらに 6/24夜 ソーシャル・ソリダリティ・サークル(対話を深める振り返りサークル)でお互いの内面を映しあいました。
6/21、インタビュアーは keikoさん、内山はファシリテータを務めました。
今回の探究で、内山にとっては大きな気づきがいくつもありました。
まず、科学/技術者にとっての探究や価値と、市民やいのちにとっての大切なものの間に、すれ違いがあることがより明確になったこと。
私たちの未来にとって役立つであろう原子力の可能性、その追求において「失敗」は無く、それ(原子力のトリレンマ:長期な開発期間、廃棄物処理処分の困難、地政学的エネルギー危機管理)を乗り越えていくイノベーションがあるだけ。それには基礎科学も重要だ。
しかし舞台が社会である以上、そこに撤退ラインがなければそれは太平洋戦争におけるインパール作戦
ほかでの失敗の本質が繰り返されていることにもほかならない。そのラインはいまだになく、しかし閉じられない核燃サイクルは回り始めてしまい、今も私たちは「今ここにある危機」の中にいる。
そして 3.11。「原子力発電所」は、福島市民にとっては「失敗」だった。と聴こえました。
科学/技術者の言葉は、それが誠実であっても(残酷に)人を傷つけている。それは個々の気持ちや不安や尊厳に対して、無配慮であり、ないがしろにしているから。
それはファシリテータである自分自身もそうだった。その場にある様々な聲や気もち、そこへも共感する役目であることへの自覚がなかった。そしてこの場だけでなく、自分もまた科学/技術者としてこの社会システムの一部を担っていたのだった。
たくさんの無自覚がたくさんの断絶と悲しみをつくっているのだ。それは何かのために働く時(草刈り、仕事、社会運動…)に、自身の命と分断することで痛みを感じなくしているように。日々の暮らしの中に埋め込まれ、感じなくなっている私。
「何mSv以下なら安全です。」はその閾値をいくつにするのかが問題ではなく、普遍的にラインを決められるという考え方自体が問題なのだ。科学と命のすれ違いがここにもある。
「感じる」ことから、自身の命と繋がりなおそう。
可能性は今回を含む「対話」にあるけれど、その中味はさらに深められ問われる必要があるだろう。(スピンオフ対話としての「討論」的な部分含め継続したいと思います。)
大切な時間と場をともに作っていただいた、参加者のみなさん、井上さん、スタッフのみなさん、シェアいただいたみなさん、そしてU理論に感謝いたします。
(報告文責:内山 あくまで内山個人の感想です)
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★★アンケート
以下に当日アンケートの回答(一部抜粋)を掲載します。
★何に心を動かされましたか? 個人的には何につながりを感じましたか?
・井上さんが対話の重要性について語ったこと。対話の場がとても丁寧に作られていたこと。
・大切なこととして「仕事は楽しく、満足してする」ということ、また別分野の本などから社会の本質を捉えることで技術だけでない目を養うというところ
・井上さんがご自分の考えをお話されたこと。
・時間感覚(今世では実現できなくても來世できると聞こえた)
・若い人へのコミット
・放課後の 福島の人々にとって 原発は「失敗」だったということ それに研究者が気づかないこと(盲点) 科学の用い方が問題で科学は正しいと思っていること
・原子力のトリレンマの恐ろしさ。
・うみたいわでこの企画がされたこと。井上正さんが対話の場に出て話してくださったこと。対話しようとする人がたくさん参加したこと。
井上さんが楽しく仕事してきたと語られましたが、誰も原子力に魅力を感じなくなり、放置されるのも怖いです。井上さんのように廃炉・除染の知識を持った方に今後とも活躍していただきたい。
・心を動かされたというか、原発事故が起き、被災地に足を運びながらもゆるぎない原子力開発への想いには、一種の驚きを感じた。「対話」というのは簡単だけれども、対話をするのは本当に難しいことを実感した。
・対話の在り方、リスクコミュニケーション、対話の場の設計と設置が大切だと思う。
・"共感的に聞き続けようと踏ん張った人も、キレ気味だった人も、混乱や凍りつきが生じたひとも、話し続けてくださった井上さんも、みんなみんながんばった。
頭がぐらんぐらんになりながらも、去ろうとは思わなかったわたし。
つながり。うみたいわ という場に。"
・現状に不安や懸念や不満があって、立場の違う人達と対話を望んでいる。その内実はまったく違っても、その心情に焦点をあてれば自分たちと瓜二つで対話を望んでいた。原発を推進する立場でも反対の立場でも満足のできる状態でないのは興味深いかったです。
・「対話」の意義は?「対話」に意義を感じている「うみたいわ」のみなさん。
・私の発表や考えを聞いていただいたこと。それに対する参加者の皆さんの考えや真摯な思いを感じ取ることができました
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★今日の場で経験したことから、自分自身について何に気づきましたか?
・基本的に原発はないほうがいいと思っているが、原発があるとかないとかよりみんなが幸福に暮らすことのできる社会に自分が興味があるということ。皆が幸福に暮らすことを大事にする社会で、着々と廃炉を進め、核燃料廃棄物についてみんなで話をし前向きに進めていることを想像した。その未来は原子力が必要と考えている井上さんのような人とも一緒に向かっていけるかもしれないと思った。
・開いてしまっているパンドラの箱から目を逸らしていた自分に気づきました。
・いろんな人のお話をお聞きできて良かったです。
・無責任な意味ではなく、良いことも悪いことも次世代に引き継がれてしまうと思っている自分がいること
・ゲストの想いにフォーカスしたいと思いながら聴いている
・自分も 科学に共感すると、当事者のことに共感していないことに言われるまで気づいてなかった!
・"違った意見にも、相手の盲点に自分を含む被災者がすっぽり入っているということにも、感情的に反応することがなかったことは、自分でも驚きだった。
・原子力分野にいる人は推進する気持ち100%で推し進めている、というイメージを持っていたこと。
・科学とか社会とか、専門家とか非専門家とかの線引きが論点ずらしになるのだと実感した。実験に没頭し、夢中になって暴走した挙句が今なのかと思うと、実験室から出てはじめからみんなで社会の中で考えるべきなんだと思った。
・同じ認識の所も有るので如何にこれを第三の道に繋げるのか?
・胆力が弱いこと。身体に恐怖が呼び起こされること。
・うみたいわを通して何を自分は求めているのか、改めて考える切っ掛けをもらえました。
自分の望むゴールは、被曝のリスクからすべての人が開放されて、つまり原発以外の方法でエネルギーが充足する社会です。
考えに大きな乖離があるとき、双方が考えをそのままぶつけあっても対話は生まれません。お互いに言いっ放しで終わるか、噛み合わない主張の堂々巡りで終わってしまう。
それを避けるための方法として、うみたいわは敢えて一番言いたいことを飲み込んで、心情に寄り添うアプローチで、言葉のやり取りを成り立たせているんだと自分は考えています。確かに、互いの体温が伝わる言葉のやり取りは、柔らかな関係が育ちます。しかし、そこにとどまる限り、中心論点の周辺を回り続けるだけで先へ進めません。ひとたび論点の中心へ踏み込めば、柔らかな関係は一気に強張る可能性は高いと思っています。
一番話したい内容へどうやって近づけば良いのか?意識が互いに開いたまま、閉じないようにしながら、センシティブな内容に踏み込める仕組みを考えなくてはいけないことに気が付きました。
・「たいわ」に気がついた。市民の中で対話するのはいろいろ発見や触発があって意義が大きいけれど、官僚とやっているのは対話のような気がしないし、国会でやっているのは対話でなく議論なのかなあ。宮野さんや井上さんのような学者と対話してどうなる?国際組織と対話する意義もあるのかな?その時々で違うにしても・・・。
・様々な意見を聞くことの重要性、他分野の実直な方々との交流の必要性
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★その他、本日のご感想をお聞かせ下さい。どんなことが印象に残りましたか? 気づいたことは何ですか?
・フクイチを見学した時あまりにも原子力建屋の中がレトロで驚いたし、日本の研究力の低下にも日ごろ心を痛めていたので、同じ意見を伺って意を強くした。それでも除染やその他のことに井上さんが向き合い、今日この場にいらしてくださったことがとてもうれしかった。
・「高速炉をやったら最後まで回さないといけない」「現在のロードマップで使用済燃料についての議論は殆どなく、学生時代からほとんど変わっていない」から、時間軸、分野横断軸を含めて全体を俯瞰していく努力を続けていく必要性を感じました。
・放課後の時間がとても有意義でした。
・"井上さんの揺れない軸
その上で追加で、私が気になった、キーワードが以下です。
【ダーウィンの海】
市場に投入された新製品や新サービスが既存製品や競合他社との競争、消費者や想定顧客の認知や購入の壁、顧客の評価などに晒されながら、市場に定着する困難さを表している。市場で行われる製品や企業間の生存競争や淘汰、環境への適応といった過程をダーウィンの進化論に重ね合わせた表現である。(e-Words)
※普通の事業であれば、損切りして特損の会計処理のタイミングがアジェンダになってないとおかしいレベルだと個人的には思います。
【インパール作戦】
通俗的には、牟田口廉也中将の強硬な主張により決行された作戦として知られる。兵站に難があり、撤退時に特に多くの犠牲を出したことから、現在では「無謀な作戦」の代名詞としてしばしば引用され、日本軍における「史上最悪の作戦」と言われることもある。(wiki)
※ちなみに、『失敗の本質』でもインパール作戦は取り上げられています。
本書で分析され現代日本と共通する部分は以下
(1)あいまいな目的で作戦実行、さらに失敗を方向転換できず破綻する組織
(2)上から下へと「一方通行」の権威主義
(3)リスク管理ができず、人災として被害を拡大させる
(4)現実を直視せず、正しい情報が組織全体に伝達されず悲劇を拡大する
(5)問題の枠組みを新しい視点から理解できない
※(5)に陥らず未来を出現させるために対話を使うんでしょうね。
更に追加です。
昨日、排水に関してこんな記事が昨日出ていました。
韓国原子力学会チョン・ボムジン教授「われわれは科学者だ…専門家が声を出さなければ国民に被害」
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/06/22/2023062280043.html
井上さんのお話で、この問題が二重の構造を抱えていることがわかりました。
一つ目は、『失敗の本質』に表される日本の問題
二つ目は、核サイクルや核のゴミ問題に解答を出せずに核を進めるIAEAを代表とする国際的な問題
我々は核が実用化されて以来、既に二世代の時間使っています。
井上さんはどうして希望を持てているのだろうか?
と、考えていたら体調崩してしまいました(笑)"
・多様な面から共感的に聴くことの難しさ(マインド的には多面で聞けても)
・議論の決着を早急に求めないということの大切さ。
立場や意見の違い、専門的知識の多寡にかかわらず、どの人にも盲点があり、だからこそ対話が必要なのだということ。"
・・downloadingへ言及があったことからも、井上正さんには科学者として過去の事実や根拠をとても大事に仕事をされてきたのだろうし矜持を持たれているということが印象に残りました。・F1は作ってしまったリスク、と明言されたこと・それでも原発は失敗とは思っていないと言われたこと、それでも語りを直接聞く以前のイメージとは違って、グラデーションや揺らぎのあるひとりの人の意見として聞くことができました。
・真の対話の難しさ。分かり合えない事を前提にした解決策の模索の必要性。
・"それでもやっぱり、井上さんの話を聞けてよかった。
マルチステークホルダーが対話で物事を決めてゆける道は遠い。
でも、一歩ずつでも進んだ。すばらしかった。"
・"発電には原発が不可欠と考える人々がいます。その人達は原子力発電に不可避な被曝労働を、低線量だから問題なしとして意に介しませんが、実際には健康被害が起きていると伝え聞きます。
様々な方法で発電する技術がある現代に、他に手段がないならいざしらず、誰かの健康を害してつくられる原発で暮らすことを、凡庸な一市民である自分は望みません。しかし高度な教育を受けた原子力に関わる技術者の方々が、現場の労働者が被曝していることを放置して、更に推進しようと考えることには倫理性の欠如を感じます。
なぜそれが可能なのか?
小学校の教室思い出します。数人の優秀な子と数人の勉強が不得意な子、そして頭抜けて理解力が高くて先生の間違いを指摘する同級生も一人いました。彼は東大へ行って私大の教授になりました。これまでの政策決定者にしても、原子力技術者にしても、みんな記憶力や理解力がとても高い「クラスで一番」だった人達だと想像します。
複雑な問題に直面して、その解決策を考えるとき、能力の高い理解力に優れた者がその任に当たることは理にかなっていると思います。平等を云々して、くじ引きで凡庸な自分に任せることは得策とは思えません。
民主主義社会で平等な権利をみんなが等しく持つ、とは言っても、それぞれに能力の違いがあるのも動かしがたい事実です。能力が違えば役割が違うのも当然で、たくさんの矛盾を含んではいても社会は概ね適材適所に人々を配分する仕組みが備わっていると思います。
小学校から頭抜けて優秀な人は、優秀であることを前提に人生が始まり、優秀である役割を果たして人生を全うすることが多いだろうと思います。
そういう人たちの中に「選ばれたエリート」みたいな感覚が無意識に生まれていても、それは根拠がまったくないわけではないから、致し方ないかも知れないと思うのです。
井上さんはガキ大将にはなれなかったけれど、日本社会の然るべき立場の要職について、中枢のエリートと言っていい方だと思います。それでも、だからこそ、被曝労働を容認する倫理性の欠如はもう一度立ち止まって考えて頂きたいことだと思います。"
・原発関係者や科学者は、放射線の健康への影響について、それほど深刻に考えておられないのかもしれないと思いました。(私も親に、神経質と言われました。)認識の違いが対立を深める?放射線の人体への影響について、事実が伝えられる必要があると思います。
・井上さんが核燃サイクルを進めたいと考えていること。元原子力委員の鈴木達治郎さんは原発はさておき核燃サイクルはやめたほうがいいと言っていた。もんじゅをやめさせた元規制委員長の田中俊一さんもかな。宮野さんはどうだったでしょうか。原子力学会などではどんな議論がおこなわれているのか。井上さんのお考えをもう少しお聞きしたかったところです。
・大変有意義な対話ができたと思います。一方いくつかの課題についてもっと深く議論ができたらと思いました。またこのような機会を作っていただければと思います。
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★★今後の情報
★うみたいわ~ラーニング・ジャーニー 2023#4 福島原発事故から12年「原発はない方がいいという研究者」ゲスト:明日香 壽川 さん のお知らせ
2023年7月21日 (金) 20:30~22:30(JST)(放課後~23:00)
無料(寄附歓迎)オンライン開催
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★うみたいわ◎ソーシャル・ソリダリティ・サークル#4 (7/23)のご案内
2023年7月23日 (日) 20:30 - 22:00
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